佐川和男

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佐川和男

大宮母子殺人事件

  • 経緯- 昭和56年4月4日、埼玉県大宮市(現、さいたま市)で、佐川和男(当時30歳)は、女性とのトラブルで勤務先を解雇され、金に困って強盗を計画。中学時代の友人A(当時30歳)を誘って、面識のあった和裁教室の教師Bさん(当時60歳)方に侵入し部屋を物色した。

すると、Bさんが物音に気づきAを発見。Aは、咄嗟に持参してきた鉄パイプでBさんを殴打。さらに佐川も加わってBさんの首を絞めて殺害。この騒ぎに気づいた長女(当時38歳)も鉄パイプで殴打した後、同様に殺害した。佐川等は、Bさん母子を殺害した後、現金や通帳など約670万円相当を奪って逃走した。

  • 死刑確定- 昭和57年3月30日、浦和地裁は佐川に死刑を言い渡した。昭和62年6月23日、東京高裁は一審を支持して佐川の控訴を棄却。平成3年11月29日、最高裁は佐川の上告を棄却して死刑が確定した。平成11年12月17日、東京拘置所で死刑執行。享年48歳。尚、共犯のAは平成9年10月、逃亡中に病死して書類送検された。

佐川和男 事件当時年齢  30歳 犯行日時  1981年4月4日 罪 状  強盗殺人 事件名  大宮母子殺人事件 事件概要  佐川和男被告は女性問題で勤務先を退職させられて金に困り、中学時代の友人を誘って強盗事件を計画。1981年4月4日午前2時頃、埼玉県大宮市で共犯者とともに面識のあった和裁教師(当時60)方に侵入。物色中に共犯者が教師に気付かれたため、共犯者が持参した鉄パイプで殴打した上、2人がかりで絞殺。さらに別室で寝ていた長女(当時38)を鉄パイプで殴った上、絞殺した。殺害後、預金通帳や現金など約670万円相当を奪った。 一 審  1982年3月30日 浦和地裁 米澤敏雄裁判長 死刑判決 控訴審  1987年6月23日 東京高裁 小野慶二裁判長 控訴棄却 死刑判決支持 上告審  1991年11月29日 最高裁第二小法廷 藤島昭裁判長 上告棄却 死刑確定 拘置先  東京拘置所 裁判焦点  控訴審で小野裁判長は「罪責は重大であり、罪刑均衡や一般予防の見地から見ても極刑はやむをえない」と述べた。 特記事項  共犯者は逃亡中の1997年10月に病死、書類送検。 執 行  1999年12月17日 48歳没  死刑反対グループが15日、執行停止を求める人身保護請求を東京地裁に申し立てていたが、裁判所の判断を待たずに処刑された。東京地裁は東京拘置所長に対し、17日までに申し立てに対する意見書を提出するように要請していた。