事件を見にゆく/バラバラ殺人事件


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バラバラ殺人事件

20171031神奈川・座間市連続バラバラ殺人事件

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  • 2017/10/31(火) 神奈川・座間市のアパートで、複数の遺体が見つかった事件で、クーラーボックスの中から、2つの頭部が切断された状態で見つかっていたことがわかった。 この事件は30日、座間市のアパートで、10月21日から行方がわからなくなっていた、東京・八王子市の23歳の女性の捜査中に、クーラーボックスに入った、複数の遺体が見つかったもの。 警視庁のその後の調べで、1つのクーラーボックスに、2つの頭部が切断された状態で入っていたことが、新たにわかった。 また遺体は、腐敗が進んでいるという。 このアパートに住む男は、行方不明の女性と、自殺サイトで連絡を取っていたほか、2人が一緒に歩く様子が、防犯カメラに映っていた。 近所の人は「2週間に一度くらい、夜に男性の声が外から聞こえる」と話した。 警視庁は、男から事情聴取をしていて、容疑が固まり次第、逮捕する方針。 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171031-00020701-houdouk-soci
  • 2017/10/31(火) 警視庁捜査1課は身元の確認を進めるとともに、この部屋に住む20代の職業不詳の男が事件に関与したとみて、 死体遺棄容疑で逮捕状を請求した。容疑が固まり次第逮捕し、事件の経緯について追及する。 頭部が入ったクーラーボックスはアパートの玄関先にあった。室内には他にもクーラーボックスが複数あり 中の状態を確認する。八王子市内の女性はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で自殺願望を ほのめかしており、同課はネットを通じて男と知り合ったとみている。 同課によると、女性は作業所に通っており、作業所の従業員が21日に女性宅を訪れ、生存を確認していた。 しかし24日夕方になり、「妹が行方不明になった」との届け出が女性の兄からあった。 女性はツイッターなどで「一緒に死んでくれる人を探している」などと書き込みをしていた。女性の行動などを 捜査すると、23日にJR八王子駅と男の自宅近くの小田急線相武台前駅で男と一緒に歩いている姿が 防犯カメラに映っていた。 https://mainichi.jp/articles/20171031/k00/00m/040/184000c
  • 2017/10/31 あわせて9人の遺体(8人女性 1人男性)、容疑者白石隆浩(26)逮捕
  • 2017/08下旬- 神奈川県座間市緑ケ丘六丁目16-15 シーバスハイム2F真ん中
  • 2017/10/31(火) 逮捕された白石隆浩容疑者(27)は、去年7月から9月にかけて、茨城県神栖市の風俗店に女性を紹介したとして、ことし2月、職業安定法違反の疑いで茨城県警に逮捕されていました。そして、ことし5月、水戸地方裁判所土浦支部で懲役1年2か月、執行猶予3年の判決を受けています。 配信10月31日 14時57分 首都圏 NEWS WEB http://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20171031/0002991.html
    • 2017/01/20 12:33 犯罪収益等隠匿容疑で男2人逮捕 鹿嶋署 鹿嶋署と県警生活環境課は16日、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等隠匿)の疑いで、東京都新宿区西新宿6丁目、 職業紹介会社「EXCELLENT」経営、加藤孝明(34)、同豊島区東池袋5丁目、同社アルバイト、白石隆浩(26)の両容疑者を逮捕した。 逮捕容疑は共謀し、同社の業務として、昨年6月30日から同8月17日までの間、神栖市深芝の風俗店が売春の周旋で得た現金であることを知りながら、同店への女性従業員紹介の料金名目で、現金書留で3回にわたって送られた計383万1千円を偽名を使って受け取り、犯罪による収益を隠匿した疑い。同署によると、加藤容疑者は容疑を認め、白石容疑者は否認している。同店は同9月、売春防止法違反容疑(周旋)で摘発され、経営者ら計4人が同法違反(同)容疑で逮捕されていた。

2016/09/12 千葉県酒々井町バラバラ殺人事件

  • 千葉県酒々井(しすい)町の住宅で切断された酒々井町上本佐倉1 人福祉施設職員、竹内諒さん=当時(21)=の遺体が見つかった事件. [起訴状]竹内被告は2016年8月31日ごろ、自宅で諒さんの体を殺意をもって刃物で刺すなどして殺害.その後、9月12日ごろまでの間に、自宅内で諒さんの遺体を包丁などで多数の部位に切断.冷蔵庫の中に隠す.「姉弟間のトラブルで殺害してしまった」と供述.。諒さんの遺体はバラバラに切断されポリ袋に入れられていた. 被害者の竹内諒(りょう)さん(21)と、逮捕された姉・竹内愛美(えみ)容疑者(25)は共に同居.両親が離婚後、母親とともに家を出ていた.2001年父親が事件のあった自宅で孤独死.その後、空いた家に戻り、姉と弟が一緒に暮らすようになった.母親は戻らず、別居.姉は、大卒、25歳でスーパーのレジ打ちのアルバイト.冷蔵庫や掃除機を別々に使用...
  • 2017/01/27[千葉地検]殺人と死体損壊・遺棄罪で住人のスーパーマーケット従業員で諒さんの姉の竹内愛美(えみ)容疑者(25)を起訴.
  • [未整理] 遺体は1人分の部位が10以上のポリ袋に分けて入れられ居間で見つかり、一部は凍ったような状態だった。遺体の一部をトイレに流した JR成田線酒々井駅から南西約2キロの住宅街の一軒家。 「一家が引っ越してきたのは2000年ごろ。当初は姉弟以外に両親と年下のきょうだいが2人いた。町内会の清掃活動に夫婦そろって参加するなど仲は良さそうだった」と振り返る。 「数年前に両親が離婚し、父親と姉弟を残して、母親と他のきょうだいが家を出て行った。しばらくは父子3人で暮らしていたようだが、5年ぐらい前に父親が亡くなり姉弟2人になってしまった」(先の知人) バイト先の同僚は「店では主にレジ担当として働いていたが、愛想がよく、『接客態度がいい』とほめるお客さんもいた。ラーメン店とアルバイトを掛け持ちして家計を支えていたようだ」と振り返る。
    • 死体損壊などの容疑で2016/09月13日に逮捕された竹内愛美容疑者(25)の様子を、元交際相手という男性はこう語った。DNA鑑定により、遺体で見つかったのは愛美容疑者と住んでいた弟の諒さん(21)と判明した。この姉弟は同じ屋根の下に住んでいたが、冷蔵庫や掃除機を別々に使用していたなど、家族としての関係が破綻していた。 「遺体はほぼ全身が10の部位にバラバラに切断されてポリ袋に小分けされ、ダイニングルームに放置されていた。顔面は顎から下が切断された上に、皮膚が剥がされるという異常な状態でした」(捜査関係者) 愛美容疑者は「2週間ほど前に自宅の庖丁でバラバラにした」と供述しているという。いったいこの姉弟に何があったのか。 「2人が住んでいた家は2000年に新築され、当時は両親、長女(愛美容疑者)、次女(22)、長男(諒さん)、三女(18)の6人暮らしだった。ところが、'05年頃に両親が離婚し、母親と子供たちは東京都内に転居。父親だけがあの家に残ったのです。ただ、通学の関係もあって愛美容疑者と諒さんは時々、あの家に学校帰りに寄っていた。… その父親も'11年に孤独死(死因不明)して、通勤などに便利な愛美容疑者と諒さんが2人で住み始めたのです」(竹内家の関係者) 愛美容疑者は自宅近くの小中学校を卒業後、千葉県の公立高校に進学し、陸上部に所属。「部活、勉強ともに一生懸命な明るい性格の活発な女子高生だった」(高校の同級生)という。 「最近は近くのスーパーでレジ打ちのアルバイトをしていました。ただ、それだけでは収入が足りないため、趣味で描いていたイラストでキャラクターデザインなどをして副収入も得ていた。ところが、それでも生活がきつかったため、ここへ来て知人らと相談し、家をルームシェアハウスにしようと計画していたのです。そこで問題になったのが、弟の存在でした」(愛美容疑者の知人) 一方、諒さんは高校時代からゲームマニアで、「ゲームの開始音や終了音を作って小遣い稼ぎをしていた」(高校の同級生)という。 別の諒さんの高校時代の友人は言う。 「諒は長男だけに、“あの家は俺のものだ”とも言っていたんです。まあ、お姉さんのルームシェアの話にはまったく聞く耳を持たないといった感じでしたね」 愛美容疑者は殺害の理由を「ささいなもめごとで」と話しているというが…。 地元の人によると、姉弟仲は良かったようだが、2人が同棲するにあたって3つのルールがあったという。「生活費を折半する」「勝手にお互いの部屋に入らない」「許可なく家に友達を呼ばない」。 亡くなった竹内諒さんはルールをすべて破っていたという。 職場に最後に顔を出したのは逮捕直前の10日。変わった様子もなく、「『お疲れ様でした』といつもの笑顔を見せながら自転車で帰っていった」(先の同僚)。翌11日は出勤予定だったが、「体調が悪い」と店を休んだという。
  • 2017/01/28[sankei]千葉・酒々井のバラバラ殺人 死体損壊・遺棄、殺人罪で25歳の姉を起訴 千葉県酒々井町上本佐倉の住宅で昨年9月、住人の竹内諒さん(21)が殺害されバラバラに切断された状態で見つかった事件で、千葉地検は27日、殺人と死体損壊・遺棄罪で住人のスーパーマーケット従業員で諒さんの姉の竹内愛美(えみ)容疑者(25)を起訴した。 起訴状によると、竹内被告は昨年8月31日ごろ、自宅で諒さんの体を殺意をもって刃物で刺すなどして殺害。その後、9月12日ごろまでの間に、自宅内で諒さんの遺体を包丁などで多数の部位に切断するなどした上、冷蔵庫の中に隠すなどしたとしている。 捜査関係者によると、竹内被告は逮捕後、県警の調べに対し「姉弟間のトラブルで殺害してしまった」などと供述していた。諒さんの遺体はバラバラに切断されポリ袋に入れられていたといい、竹内被告が事件の隠蔽(いんぺい)を図ったものとみられるという。 竹内被告は逮捕後、責任能力などを調べるため、今月20日まで鑑定留置されていた。
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2016/07/08浜名湖バラバラ遺体事件

  • 浜名湖遺体 北海道出身の32歳男性と判明 日本テレビ系(NNN) 7月14日(木)14時15分配信 静岡県の浜名湖でバラバラに切断された遺体が見つかった事件で、遺体の身元が北海道出身の32歳の男性であることがわかった。 この事件は今月8日、浜松市北区細江町の浜名湖で人の両脚や胴体、頭が相次いで見つかったもの。 警察で遺体の身元の確認を進めていたが、14日までに北海道美唄市出身で住所・職業不詳の出町優人さんと判明した。 出町さんの死亡原因は腹部を刺されて血液が肺付近にたまったことによる血気胸で、司法解剖を行った時点で死後1週間以内だったと推定されている。
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2016/06/23東京・目黒バラバラ遺体事件

  • 2016/06/23[sankei]東京・目黒のバラバラ遺体、下腹部や胸部見つからず 性別など不明 警視庁が死体遺棄容疑で捜査本部設置 23日午前10時35分ごろ、東京都目黒区碑文谷の区立碑文谷公園内の弁天池で、公園の清掃員の男性(80)が、 人間の脚のようなものが浮いているのを見つけ、公園関係者を通じ近くの交番に届け出た。警察官がボートで池を捜索し、 人の右脚が浮いているのを発見。その後、池から左脚や両腕、頭部、腰部が見つかった。警視庁捜査1課は、 複数の部位がバラバラで見つかっていることなどから死体遺棄事件と断定、碑文谷署に捜査本部を設置した。 衣服や靴は着用していなかった。遺体は成人とみられるが、下腹部や胸部が見つかっていないことや、 腐敗が進んでいることから性別や年齢、死亡時期などは不明という。24日に司法解剖して身元や死因の特定などを進める。 捜査本部によると、現場は「弁天池」と呼ばれる池で、水深は約1メートル30センチ。遺体は発見時、 池に生息するカメが複数かみついていた。刺し傷など目立った外傷は確認されていない。 産経新聞 6月23日(木)19時17分配信
  • 50代女性.身長150cm.死後3週間---->06/27遺体は世田谷区野沢3丁目の無職阿部祝子さん(88)
  • 2016/07/09[碑文谷署捜査本部] 世田谷区野沢、自称無職、池田徳信(やすのぶ)容疑者(28)、死体遺棄容疑で逮捕.被害者宅浴室から組織片と血液反応
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2015/12/29大阪府門真市マンションバラバラ事件

  • 逮捕された森島輝実(てるみ)容疑者(29))<中国地方出身 自称イラストレーター>と、24日から行方不明のアルバイト女性(25)は最近まで大阪府門真市内のシェアハウスで暮らしていた...「私の部屋に頭蓋骨などがありますが、今は話したくない」
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2014/09/11[神戸市長田区小1バラバラ事件]

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  • 小学1年生の生田美玲ちゃん(6)が下校した後、自宅近くの公園で目撃されたのを最後に行方不明.
  • 2014/09/23 16:00 神戸市長田区で袋に入った遺体....住宅街にある雑木林の中.頭部、胴体、両足は切断、それぞれ袋に入って見つかった.袋の中から、ワンピースやサンダル、下着など.頭部や両足などが入った袋は半径5メートル以内に無造作に置かれ、腐敗が進んでいた.
  • 2014/09/24[兵庫県警長田署捜査本部]重要参考人として発見現場近くに住む君野康弘(47)=同区長田天神町1=から事情聴取.(遺体が入っていたビニール袋の中から、男のものとみられる診察券)
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2011/09/30 岡山派遣社員強姦殺害事件

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  • 2013/02/14[岡山地裁]森岡孝介裁判長)派遣社員(ベネッセ子会社シンフォーム)の加藤みささん=当時(27)=強盗強姦、死体損壊・遺棄など 元同僚の大阪市住吉区、無職住田紘一被告(30)死刑(裁判員裁判)
  • 023 やぶたま (2013/02/14(木) 21:13:13 ID: 住田紘一の犯行概略
  1. 交際していた女性とうまくいかず性的欲求を募らせ強姦して口封じのため殺害する計画を立てる
  2. 強姦後に「誰にも言わないから助けて」加藤さんの命乞いを無視してナイフでめった刺しにし殺害
  3. 犯行翌日の10月1日にガレージを借り、遺体を切断して隠ぺい工作
  4. 遺体は切断され、大阪府内の川へ投げたり、ゴミ収集場所など数か所に遺棄
  5. 公判で「被害者や遺族がかわいそうだと思わない」と供述
  6. 検察側被告人質問で加藤さんの命乞いに「殺害を止めようとは思わなかった。心は揺らがなかった」
  7. 弁護側被告人質問では「謝らせてください」と涙を流しながら遺族に頭を下げる
  8. 婚約していた元彼女が同僚と交際
  9. 交際をぶち壊す為、事件を起し同僚を犯人にでっち上げようとする
  10. 好みの女性3人を選び倉庫に誘って犯行を行うよう計画
  11. 一人目は断られ、二人目に声を掛けたのが被害者である加藤みささん
  12. 頭部はゴミ収集場所で焼却され見つかってない模様
  13. 借りたガレージでは胴体を発見
  • 2013/02/14 岡山地裁 森岡孝介裁判長 死刑判決
  • 2013/03/28 本人控訴取り下げ、確定 拘置先 広島拘置所
  • 2017/07/13 死刑執行(法務大臣金田勝年)

2009/11/06 島根県立大1年平岡都さん失踪・バラバラ殺人事件

  • 19歳女子大生、10月から不明=情報提供呼び掛け-島根県警 11月2日22時33分配信 時事通信<不足追記あり> 島根県立大1年平岡都(みやこ)さん(19)<香川県坂出市出身>=島根県浜田市原井町=が先月下旬から行方不明になっていることが2日、分かった。県警浜田署は同日、写真を公開し、情報提供を呼び掛けた。 同署によると、平岡さんは先月26日(21:15-)、浜田市内でアルバイト(アイスクリーム屋(サーティワン)10/27.28勤務・28退職予定)をした後、行方が分からなくなった。
  • 2009/11/07 10:00 大腿骨の一部発見.臥龍山の林道入り口から約1.2km右側の雑木林.で落ち葉に埋もれている.左右不明.腰に近い部分が欠けている.血液や肉片なし<人為的にそぎ落とされた可能性>

2008/07千葉港女性バラバラ殺人事件

  • 2008/07/11 14:20 千葉市中央区中央港の千葉港、釣り人(35)遺体発見
  • 未解決
  • 胴体(11日)・両足(14日)発見.頭部&両手なし<300m先岸壁から両足発見>
    • オノ・ナタで切断・紐つき重石<田宮説:単独犯か複数犯>
  • 着衣なし.死後5-10日以上<殺害日07/02-07/07?>

2008/05 琵琶湖切断遺体事件

  • 2008年(平成20年)5月17日、滋賀県近江八幡市牧町の琵琶湖で釣りをしていた男性が人の足のようなものが湖岸に漂着しているのを見つけ110番通報した。近江八幡署員が、ももと足首で切断された成人とみられる足の一部を現場で確認した。さらに、20日、滋賀県東近江市栗見新田町の湖岸で、新たに人の頭部が見つかり、21日、DNA鑑定の結果、いずれも同一人物の遺体の一部であることが分かった。

2008/04 東京お台場マンション女性切断遺体事件

  • 2008年(平成20年)4月3日、東京・台場1のマンション26階の一室でカミオオサワ・ハニーフィット・ラティリア(22歳)の腰や腕が見つかった事件で、4月7日、同居していた職業不詳の野崎浩(当時48歳)が死体損壊の疑いで逮捕された。野崎は1999年(平成11年)春にも埼玉県草加市内で失跡したフィリピン人女性の遺体を横浜市内でバラバラにして棄てたとして逮捕され、死体遺棄・損壊罪での懲役3年6ヶ月の有罪判決が確定していた。4月6日午後9時前、野崎は埼玉県川口市本町の路上で、手首を切って自殺を図り、駆け付けた救急隊員に「ロッカーに遺体が入っている」というメモを手渡した。港区のJR浜松町駅前のビル内のコインロッカーを調べた結果、4月7日未明、ビニール袋にくるまれてスーツケースに入っていた胸など十数個の遺体の一部を発見した。頭部はなかったという。野崎はラティリアと交際していたとみられ、「黙秘します」と話しているという。関係者の話では野崎がラティリアと家賃分担を巡りトラブルになっていたことが分かっている。

2008/04 東京都江東区の女性行方不明事件

  • 2008年(平成20年)4月18日、東京都江東区潮見のマンションで会社員の東城瑠理香(23歳)が行方不明になった事件で、警視庁捜査1課に住居侵入容疑で逮捕された2部屋隣の派遣社員の星島貴徳(当時33歳)が、「自室の玄関で(東城さんの)帰宅を待ち伏せしていた」と供述していることがわかった。警視庁幹部が明らかにしたもので、遺体については切断後に「トイレに流した」と話しているという。同課は、星島の部屋の水回りを中心に検証を進めており、殺人や死体損壊容疑でも追及する。供述によると、星島は、自室の玄関に潜んで東城の帰りを待ち伏せ、4月18日午後7時30分ごろ、東城の部屋のドアが開く音がした途端に自室を飛び出したという。そして東城の部屋に押し入り、玄関付近でコートを着たままだった東城の背後から、無言で襲いかかり、自室に連れ去って殺害したという。このころ、1階エレベーターホールで、住人が女性の悲鳴のような声を聞いており、同課で関連を調べている。

2007/06 同居元妻切断事件

  • 2007年(平成19年)6月14日、警視庁竹の塚署に男が「元妻の遺体を切断した」と自首してきた。同署員が自宅に駆けつけたところ、数個のビニール袋に入れられた女性の遺体が見つかり、東京都足立区入谷8、NHKの委託営業スタッフの志賀耕二(47歳)と内縁の妻の人見朋子(当時34歳)が緊急逮捕された。調べでは、2人は6月上旬、自宅で志賀耕二の元妻で無職の志賀美穂(40歳)の首や両手足などを切断するなどした疑い。「5月下旬、元妻を殴っていたら死んでしまった」と供述しているという。志賀耕二は、NHKからテレビ受信料の集金などを委託されている営業スタッフ。美穂とは4年前に離婚したが、志賀耕二と人見朋子が2階、美穂は1階で中学生の子供2人と暮らしていた。2008年(平成20年)4月10日、東京地裁は「被害者の人格を無視した卑劣で悪質な犯行」として、懲役10年を言い渡した。

2007/05 会津若松母親殺害事件

  • 2007年(平成19年)5月15日午前7時ころ、福島県立高3年の男子生徒(当時17歳)が「母親(47歳)を殺した」と切断された人間の頭部を持って、福島県警会津若松署に自首した。同署員が少年の住むアパートを確認したところ、首のない女性の遺体と凶器とみられる刃物があった。少年は殺人容疑で緊急逮捕された。少年は自首する直前の約2時間、署から数百メートルの場所にあるインターネットカフェで過ごしていた。米国の人気バンドのDVDを借り、携帯電話でタクシーを呼び、警察に向かった。少年は長男で、通学のため、別の県立高校に通う次男と会津若松市内のアパートで暮らしていた。実家は同県金山町にあり、母親がたびたび様子を見に来て家事などの世話をしていた。少年は学校を休みがちだったといい、精神科に通院中という。少年が調べに対し「不登校について母に注意され、うざかった(うっとうしかった)」と話していることが分かった。頭部と右腕の切断については、「弟と母親への憎しみを隠すために、マスコミにセンセーショナルに取り上げてほしかった」とも供述している。2008年(平成20年)2月26日、福島家裁会津若松支部は加害男子生徒に対し、医療少年院送致とする保護処分を決定した。

2007/01 女子短大生切断遺体事件

  • 2007年(平成19年)1月3日夜、東京都渋谷区の歯科医師(62歳)宅でバラバラに切断された長女で短大生の武藤亜澄(あずみ/20歳)の遺体が見つかった。翌4日、次男で兄の予備校生の勇貴(当時21歳)が死体損壊容疑で逮捕された。勇貴は受験に3度失敗し、私大歯学部への進学で苦しむ中、不仲になっていた亜澄に「勉強しないから夢がかなわない」「(親に迷惑を掛けている)受験生のくせに」などと最も触れられたくない部分を指摘され、勇貴が逆上したとみている。2月9日、警視庁捜査1課は犯行に使われた木刀や遺体を切断したのこぎりなど証拠品4点を紛失したと明らかにした。他の廃棄物とともに誤って捨てた可能性が高いという。

2007/01 茨城切断遺体事件

  • 2007年(平成19年)1月11日、茨城県坂東市内で男性の上半身が見つかり、続いて同月24日、同県石岡市内で男性の下半身が見つかった。翌25日、坂東市と石岡市で発見された双方の遺体のDNA型や切断面が一致したことから同一人物と断定した。その後、遺体は埼玉県松伏町(まつぶしまち)松伏の無職の松田正毅(47歳)と判明。6月16日、松田の切断遺体が見つかった殺人・死体遺棄事件で松田の妻でスーパーのパート店員のみさゑ(当時46歳)が死体遺棄容疑で逮捕された。みさゑは「1人でやった」と話し、殺害と遺体切断についても大筋で認める供述をしているという。松田の死因は首をひも状のもので締められた窒息死だった。捜査本部はみさゑは家族と離れて住んでいた埼玉県越谷市東越谷のアパートで松田を殺害し、同室内で遺体を切断したとみている。みさゑは、このアパートを2月末に解約し、3月末には偽造したとみられる離婚届を出していた。県警は3月に遺体の身元を特定して慎重に捜査を進め、6月16日朝からMから県警境署で事情を聴いていた。

2006/12「セレブ妻」夫バラバラ殺害事件

  • 2006年(平成18年)12月16日、東京都新宿区西新宿7丁目の路上で、腰から下や頭部が切断された男性の胴体部分がごみ袋に入れられた状態で見つかり、続けて、同月28日、東京都渋谷区神山町の民家の庭に男性の遺体の下半身が見つかった。翌29日、新宿と渋谷で発見された双方の遺体のDNA型が一致し、腰の骨の切断面が合致したことから同じ人物と断定。さらに、遺体の身元を渋谷区富ケ谷1、外資系証券会社社員の三橋(みはし)祐輔(30歳)と特定。2007年(平成19年)1月10日、妻の歌織(当時32歳)が死体遺棄容疑で逮捕され、祐輔殺害も認めた。同日、捜査本部は供述に基づき町田市原町田4の公園で見つかっていなかった祐輔の頭部を発見した。調べに対し「12月12日早朝、酒に酔って帰宅した夫が寝た後、ワインのびんで頭を殴り殺害した。その後、渋谷区の雑貨店でのこぎりなどを買い、自宅で遺体を切断した」と供述。切断した遺体について「胴体は旅行用キャリアーケースに入れ、タクシーで棄てに行った。下半身は同じケースに入れて台車で運んだ。頭部は電車で運び、町田市の公園に穴を掘って埋めた」と供述。2人は2003年(平成15年)3月に結婚し、マンションで2人暮らし。動機について「結婚半年後から口論するようになり、生き方が合わなかった。夫から自分を否定することを言われ、暴行も受けたことから殺意を抱いた」と供述し、犯行時は心的外傷後ストレス障害(PTSD)だったとして、心神耗弱か心神喪失の疑いを主張。2008年(平成20年)3月10日、検察側の鑑定医は公判で、歌織の意識障害や幻覚を認め、犯行時は「心神喪失」状態だったと認めた。3月24日、完全に責任能力があったと主張する検察側は地裁に再鑑定を請求したが、27日、地裁は公判でその請求を却下した。これに対し、各紙が歌織は無罪となる可能性が高いと報じた。4月10日の公判で、検察側は論告で「精神鑑定の結果は全く信用できない。被告には完全な責任能力があった」と主張し懲役20年を求刑した。弁護側は「被告に責任能力はなかった」と無罪を訴え、結審した。4月28日、東京地裁は歌織に対し懲役15年を言い渡した。5月9日、弁護側が東京地裁での判決を不服として控訴/『法廷ライブ-「セレブ妻」夫バラバラ殺害事件』(扶桑社/単行本/産経新聞社会部/2008.5)

2002/03 北九州監禁連続殺人事件

  • 2002年(平成14年)3月6日、北九州市小倉のマンションで監禁されていたA子(当時17歳)が祖父に助けを求めてきたことから事件が発覚した。翌7日、元会社経営の松永太(当時40歳)と松永の内縁の妻で元幼稚園教諭の緒方純子(当時40歳)が逮捕された。当初は松永と緒方の2人による「A子への傷害と監禁事件」と思われた。その後、A子の証言により、松永と緒方は、A子の父親B(当時34歳)の知り合いで、5~6年前から4人で暮らすようになったが、暮らし始めて約1年後に父親Bが行方不明になり、その後は3人で暮らしていたことが分かった。後日、別の場所で4人の子どもが発見される。A子は、この4人の世話をさせられていた。4人のうち、発見された双子の子どもの親は、ここに預けられていたことすら知らなかった。残り2人については後日、DNA鑑定で被疑者の子どもと判明した。数日後、A子が「自分の父親Bは松永と緒方に殺された」と証言したことから、事件は大きく動くことになる。さらに、A子は、「緒方の父親の譽(たかしげ/61歳)、母親の静美(58歳)、妹の理恵子(33歳)、妹の夫の主也(かずや/38歳)、めいの彩(10歳)、おいの優貴(ゆうき/5歳)の6人が殺害され、遺体は解体されて海などにばらまかれた」と証言した。2005年(平成17年)9月28日、福岡地裁小倉支部は松永と緒方に対し、求刑通り死刑を言い渡した。6件については共謀による殺人罪の成立を認め、1件は傷害致死罪を適用した。その後、両被告は控訴した。2007年(平成19年)9月26日、福岡高裁は松永の控訴を棄却し、緒方に対しては1審での死刑判決を破棄し無期懲役を言い渡した。裁判長は「緒方被告は松永被告の虐待により強い支配や影響を受け、正常な判断力がある程度低下していた。松永被告を恐れて追従的に関与し、事件後は真摯に反省している」と述べた。10月5日、松永が1審の死刑判決を支持し控訴を棄却した福岡高裁判決を不服として上告。10月9日、緒方について、福岡高検は福岡高裁が1審死刑判決を無期懲役判決としたことについて「死刑回避は判例違反」として上告した/『消された一家-北九州・連続監禁殺人事件』(新潮社/豊田正義/2005) / 『なぜ家族は殺し合ったのか』(青春出版社/佐木隆三/2005)

2001/04 大宮看護婦バラバラ殺人事件

  • 2001年(平成13年)4月7日、大宮赤十字病院(現・さいたま赤十字病院)に勤務する看護婦の金田朋子(当時23歳)が同僚看護婦の永田悦子(よしこ/23歳)を1人の男をめぐる三角関係のもつれから金田朋子の自宅アパートで絞殺したあと風呂場でバラバラに解体して2ヶ所のゴミ集積場に棄てた。金田朋子と永田は1996年(平成8年)4月、大宮赤十字病院看護専門学校に入学し、クラスメイトになった。家が近かったことから親しくなり、映画やカラオケに行く仲になった。2人は金田朋子の自宅アパートで一緒に看護婦国家試験の勉強をした。その後、揃って試験に合格し、看護婦として大宮赤十字病院に勤務。その後も一緒に旅行に出かけるなどの交際を続けていた。だが、金田朋子と交際していた男が永田と親しくなっていったのをきっかけに2人の仲に亀裂が入るようになっていった。やがて金田朋子に殺意が芽生えて、永田を殺害してしまう。2003年(平成15年)2月28日、さいたま地裁は金田朋子に対し懲役16年(求刑・懲役18年)/『殺ったのはおまえだ-修羅となりし者たち、宿命の9事件』(新潮文庫/「新潮45」編集部/2002)

2000/05 ルーシー・ブラックマン事件

  • 2000年(平成12年)5月4日、イギリスから友人とともに元英国航空会社客室乗務員のルーシー・ブラックマン(死亡時22歳)が来日した。入国資格は観光目的の90日滞在だったが、東京都港区六本木のクラブで働き始めた。6月下旬、六本木のクラブでルーシーが不動産会社社長の織原(おばら)城ニ(逮捕時48歳)を接客。7月1日、「男の子と海にドライブに行く」などと友人に連絡後、行方不明になった。7月3日、タカギアキラと名乗る男がルーシーの友人に「ルーシーは千葉県で新興宗教の修業をしている」と電話。7月4日、友人が麻布警察署に捜索願を出す。7月12日、警視庁捜査1課が公開捜査に踏み切った。ルーシーの父親や妹が来日し、ホットラインを開設して有力情報に約1600万円の懸賞金を出すと発表した。10月12日、カナダ人女性に対する準強制わいせつ容疑で織原が逮捕される。10月16日、織原が他の女性にもわいせつな行為を繰り返していた疑いが強まり、警視庁が麻布署に特捜本部を設置。10月27日、イギリス人女性に対する準婦女暴行容疑で再逮捕。11月17日、日本人女性に対する準婦女暴行容疑で3度目の逮捕。12月8日、日本人女性に対する同容疑で4度目の逮捕。12月14日、カナダ人とイギリス人に対する準婦女暴行罪の初公判。織原は「同意を得ていた」と否認。2001年(平成13年)1月4日、日本人女性に乱暴してけがを負わせたとして、準婦女暴行傷害容疑で5度目の逮捕。1月26日、オーストラリア人女性のカリタ・リジウェイ(21歳)にクロロフォルムを使って乱暴し死亡させたとして、準婦女暴行致死容疑で6度目の逮捕。2月9日、神奈川県三浦市の海岸で切断されたルーシーの遺体発見(確認は翌日)。4月6日、ルーシーを乱暴して死亡させた準婦女暴行致死や死体遺棄容疑などで7度目の逮捕。4月28日、ルーシーに対する準強姦致死、死体損壊などの罪で追起訴。調べに対し、「都内から逗子のマンション自室にルーシーを連れて行った」ことは認めたが、起訴事実は否認した。2007年(平成19年)4月24日、東京地裁(栃木力裁判長)は、起訴された10件の事件のうち9件については有罪と認め、織原に求刑通り無期懲役を言い渡したが、ルーシーの事件については、「事件についての直接的な証拠は一切ない」と述べ、無罪とした。被告側は東京地裁での判決を不服として即日控訴した。4月27日、検察側がルーシー事件で無罪を言い渡した東京地裁での判決を不服として控訴。/『ルーシー事件の真実』(飛鳥新社/ルーシー事件真実究明班[編]/2007)/ 『ルーシー事件 闇を食う人びと』(彩流社/松垣透/2007)

1997/08 大阪マンションバラバラ殺人事件

  • 1997年(平成9年)8月12日、大阪府交野(かたの)市のマンションの浴室から手足が切断された遺体が、冷蔵庫の中からは切り取った遺体の一部が発見された。遺体はその部屋の住人でアパレル会社社員の円山裕昭(51歳)と判明。8月20日、円山の後妻の迫(旧姓・西原)栄(当時45歳)が逮捕された。未発見だった遺体の一部が迫の自供通り、交野市内の雑木林と転居先の京都市左京区の住宅床下から発見された。前年の2月ごろ、金銭上のトラブルから犯行に及んだと自供。また、犯行後、迫は円山名義の保険金1600万円を解約し、貯金110万円も引き出し、パチンコや旅行に充てていた。2001年(平成13年)4月20日、大阪地裁で懲役20年の判決。2002年(平成14年)3月27日、大阪高裁で1審判決を破棄、無期懲役.

1999/07 インストラクター殺人事件

  • 1999年(平成11年)7月10日、名古屋市中村区の名城大学3年生(休学中)の山下洋介(当時22歳)が、両親の経営する同市西区の居酒屋の2階で、岐阜県墨俣(すのまた)町のスポーツインストラクターの福田智佳(26歳)の首に右腕を巻きつけて窒息死させた。そのあと、遺体を包丁などで切断し、胴体部分を箱根峠近くの山林に運び、ガソリンをかけて燃やし、頭と両腕、両足を名古屋港に遺棄した。2人は共にパワーリフティングの選手で、山下洋介は1997年(平成9年)と翌1998年(平成10年)の全日本パワーリフティング大会で連覇を果たすなど、この競技の有望選手だった。2人は競技を通じて知り合い交際していた。1998年(平成10年)10月、福田は山下洋介に暴行を加えられ左腕を骨折したことから、損害賠償を請求、調停が成立したものの、1999年(平成11年)4月、山下洋介は福田に貸したバイクが盗まれたと福田を相手に損害賠償請求を行うなど、2人の間でトラブルが相次ぎ、一時は交際が途絶えていたが、5月ごろから再び付き合い始めていた。9月20日~23日、被疑者を特定しないまま、山下洋介の自宅などを家宅捜査していたが、9月22日、山下洋介の父親(50歳)が自宅で首を吊って自殺した。9月29日、山下洋介が逮捕される。10月6日、山下洋介が神奈川県警留置所内のトイレで左手首をかんで自殺を図った。その後、病院に運ばれたが、軽い傷で済んでいる。10月21日、DNA鑑定により、居酒屋の2階から検出された血液と福田の血液とが一致した。2000年(平成12年)9月5日、横浜地裁は懲役14年(求刑・懲役18年)を言い渡した。

1997/02 神戸須磨児童連続殺傷事件

  • 1997年(平成9年)2月10日、神戸市で中学3年のA(当時14歳)が小学6年生の2人の女児に対して、背後から頭を狙って次々とハンマーで殴った。このとき、そのうちの1人は殴られた際に柱に頭を打ち付けて2週間のケガを負った。さらに、3月16日、Aは小学校4年生の山下彩花ちゃん(10歳)の頭をハンマーで殴った。彩花ちゃんは脳挫傷で1週間後に死亡した。続けて、小学3年生(当時9歳)の女児をナイフで腹部を刺し、2週間のケガを負わせた。5月24日、小学6年生の土師淳君(11歳)の首を絞めて殺害。翌25日、淳君の首を胴体と切断。27日、中学校の正門の前にその頭部を置いた。6月28日、Aが逮捕された。10月17日、神戸家裁でAを医療少年院送致とする処分が決定した。/『地獄の季節 「酒鬼薔薇聖斗」がいた場所』(新潮文庫/高山文彦/2001) / 『「少年A」 14歳の肖像』(新潮文庫/高山文彦/2001) / 『「少年A」 この子を生んで・・・・・・ 父と母 悔恨の手記』(文藝春秋/「少年A」の父母/2001) / 『少年A 矯正2500日 全記録』(文藝春秋/草薙厚子/2004) / 『FBI心理分析官』(早川書房/ロバート・K・レスラー/1994) / 『快楽殺人の心理』(講談社+α文庫/ロバート・K・レスラー/1998) / 『殺人者のカルテ―精神鑑定医が読み解く現代の犯罪』(清流出版/福島章/1997)

1996/04 小野悦男事件

  • 1996年(平成8年)4月21日、東京都足立区の幼女(当時5歳)がわいせつ目的で誘拐され、首を絞められ意識を失い、そのまま放置されていたところを通行人が発見、一命を取り留めるという事件が発生した。目撃証言から足立区の清掃作業員の小野悦男(当時59歳)が殺人未遂容疑で逮捕された。小野は1974年(昭和49年)に松戸市で起きた信用組合職員の宮田早苗(19歳)の殺害事件(松戸OL殺人事件)で容疑者として逮捕されており、1986年(昭和61年)9月の1審で、無期懲役の判決だったが、1991年(平成3年)4月の2審で、人権派の弁護士の活躍などで、無罪を勝ち取り、「冤罪のヒーロー」として祭り上げられていた。また、1996年(平成8年)1月7日、足立区の駐車場で首のない女性の焼死体が見つかった事件(殺害は1月6日)についての捜査で、その女性の焼死体が発見された現場近くに捨てられていた布団から検出された体液が小野のものと一致。また、5月2日の家宅捜査で、裏庭に埋めてあった首なし遺体と切断面が合致する頭蓋骨とノコギリが発見され、小野を追及したところ、犯行を自供。焼死体は茨城県出身の無職の宮内良江(41歳)で、小野と4ヶ月ほど同居していたが、家事をしない宮内と口論となりバットで殺害し、近くの駐車場で、ゴミと一緒に焼いてから頭部を切断。小野は遺体を焼いた理由について「骨を実家に返したいと考え、焼いたが骨にまでならず、頭蓋骨だけでも実家に返したいと思い持ち帰った」と供述。また、松戸の事件に関しては「無罪になった事件は、絶対にやっていない」と話しているという。1998年(平成10年)3月27日、東京地裁で無期懲役の判決。1999年(平成11年)2月9日、東京高裁で控訴棄却。/小野悦男著書『でっちあげ 首都圏連続女性殺人事件』(社会評論社/1979)

1995/05大阪連続バラバラ殺人事件

  • (警察庁広域重要指定事件「122号事件」)1995年(平成7年)5月12日、大阪市西成区に住む無職の鎌田安利(当時54歳)が、5件の殺人を自供。1985年(昭和60年)5月、大阪市東住吉区の主婦の東富佐枝(46歳)を絞殺し、神戸市西区の山林に遺棄。同年6月、富田林市の知的障害者施設の寮生の知念みどり(19歳)をデートに誘った後、自宅に連れ込み口論になって絞殺し、奈良県広陵町の山林に遺棄。1987年(昭和62年)1月、大阪府豊能町で小学3年生の辻角公美子ちゃん(9歳)にイタズラしようとして誘ったが、暴れたため絞殺。1993年(平成5年)7月、大阪市西成区の飲食店員の須田和枝(45歳)を絞殺。1994年(平成6年)4月、大阪府箕面市で、大阪市中央区の飲食店員の中野喜美子(38歳)を絞殺し、箕面市の山林に遺棄。いずれも、鎌田の自宅マンションで殺害し、持ち運びやすいように、辻角公美子ちゃん以外の死体をバラバラにしたと自供。第一の犯行後には、グリコ・森永事件をまねて、「怪人22面相」の署名入りの挑戦状を奈良県警に郵送していた。1999年(平成11年)3月24日、大阪地裁で死刑判決。2001年(平成13年)3月27日、大阪高裁で控訴棄却。2005年(平成17年)7月8日、最高裁で上告棄却で死刑確定。2016/03/25死刑執行。

1995/01 埼玉愛犬家連続殺人事件

  • 1995年(平成7年)1月5日、埼玉県熊谷市で、「アフリカケンネル」の経営者で、犬猫繁殖販売業の関根元(げん/当時53歳)と前妻でペット販売会社社長の風間博子(当時38歳)が、経営難で資金繰りに困り、愛犬家を次々に殺害し、死体を遺棄した容疑で逮捕された。1993年(平成5年)4月、金銭のトラブルから産廃処理会社役員の川崎明男(39歳)に硝酸ストリキニーネ入りのカプセルを飲ませ殺害。7月21日、川崎明男を殺害したことをネタに金を要求してきた暴力団幹部の遠藤安亘(やすのぶ/51歳)と運転手の和久井奨(すすむ/21歳)を殺害。8月26日、主婦の関口光江(54歳)に犬の売却代金の返還を求められ殺害。いずれの事件についても、犯行後、群馬県片品村に遺体を運び、関根と風間の2人でバラバラにしてから、ペット販売会社の元役員(当時38歳)に手伝わせて、コマ切れにした肉片を川に棄て、骨はドラム缶で焼き、残った骨灰は近くの山林などに棄てていた。毒殺に使った「硝酸ストリキニーネ」は関根が知人の獣医に、「大型犬数匹を安楽死させたい」と頼み、計5グラムを超す量を2度に分けて譲り受けていた。共犯で元役員の山崎永幸は3年の刑を終え、1998年(平成10年)8月28日、出所した。2001年(平成13年)3月21日、浦和地裁(現・さいたま地裁)は関根と風間両被告に対し、死刑を言い渡した。両被告は控訴した。2005年(平成17年)7月11日、東京高裁で両被告に対し控訴を棄却。即日、両被告は上告した。/共犯の山崎永幸の著書に 『共犯者』(新潮社/1999)がある。翌2000年(平成12年)、志麻永幸のペンネームで角川書店から文庫本として 『愛犬家連続殺人』と改題し刊行.

1994/04 1級建築士バラバラ殺人事件

  • 1994年(平成6年)4月23日、東京都三鷹市の吉祥寺にある井の頭公園の園内にあるゴミ箱から両手首、両足のスネ、右肩とあばら骨の肉片、足首などが、それぞれバラバラに包まれた塊で27個発見されたが、頭部や胴体、性器は未だに発見されていない。鑑識の結果、身元は公園近くに住んでいる1級建築士の川村誠一(35歳)と判明したが、犯人は捕まっていない。/『殺人者はそこにいる-逃げ切れない狂気、非情の13事件』(新潮文庫/「新潮45」編集部/2002)

1994/02 福岡美容師バラバラ殺人事件

  • 1994年(平成6年)2月27日、福岡市の美容院で、邪推から生まれた恋敵の美容師の岩崎真由美(30歳)を経理担当の江田文子(現姓・城戸/当時38歳)が出刃包丁で刺殺。自宅マンションでノコギリを使ってバラバラにし、福岡県山川町のゴミ集積場や熊本県のコインロッカーなど、九州各地に遺棄。3月15日、逮捕。1995年(平成7年)8月25日、福岡地裁で懲役16年の判決。1997年(平成9年)2月3日、福岡高裁で控訴棄却。1999年(平成11年)9月3日、最高裁で上告棄却で、懲役16年が確定した。1994年(平成6年)はバラバラ殺人事件の頻度が高く、この福岡美容師バラバラ殺人事件を始めとして年間を通して10件に及んだ。/『バラバラ殺人の系譜』(青弓社/龍田恵子/1995) / 『隣りの殺人者たち』(宝島社/1997) / 『<物語>日本近代殺人史』(春秋社/山崎哲/2000)

1989/08 千葉県市川市バラバラ死体・プランター事件

  • 1989年(平成元年)8月15日、7年前に元小学校教員(48歳)を殺したとして千葉県市川市の主婦(当時26歳)が自首。主犯の内縁の夫(当時30歳)は、被害者に借金返済を催促されたことから、主婦と共謀して刺殺し、死体を解体した。その後、一度は離婚したが、再び同居するようになった2人は引っ越すたびに、バラバラ死体詰めのプランターを持ち歩いていた。自首をした動機は内縁の夫から「再婚しなければ事件をバラす」と脅かされたためだった。バラバラ死体をプランターに埋めて7年。

1989/07 宮﨑勤幼女連続殺人事件

  • (警察庁広域重要指定事件「117号事件」)
  • 1989年(平成元年)7月23日、東京都五日市町(現・あきる野市)の印刷業手伝いの宮﨑勤(当時26歳)は、当時6歳の女の子を自分の車に乗せ、八王子郊外の山林に連れ込み、裸にしてビデオを撮ろうとしていたところを、尾行してきた、この女の子の父親に捕まった。1988年(昭和63年)8月22日、埼玉県入間(いるま)市内の歩道橋を歩いていた今野真理ちゃん(4歳)に、涼しいところに行こう、と声をかけ、車に乗せて東京都八王子市内の山林に連れ込んだが、真理ちゃんが泣き出したので、押し倒して絞殺し、遺体をビデオに撮ってから、衣類を持ち帰った。10月3日、埼玉県飯能(はんのう)市の小学校の傍らで遊んでいた吉沢正美ちゃん(7歳)に、道を教えてと近づき、誘拐して殺害した。12月9日、埼玉県川越市の自宅の団地の傍らで遊んでいた難波絵梨香ちゃん(4歳)を温かいところに行こう、と声をかけて誘い殺害した。翌1989年(平成元年)2月6日、骨片や歯を入れた段ボール箱を今野真理ちゃんの家の玄関に置いた。2月10日、朝日新聞東京本社宛てに、「所沢市 今田勇子」で、真理ちゃんの顔写真を添付し、コピー用紙3枚の犯行声明文を入れた封書が届く。2月11日、真理ちゃん宅に、「所沢市 今田勇子」で、朝日新聞社に送ったものと同じ文面の犯行声明文のコピーと真理ちゃんの顔写真入りの封書が届く。6月6日、東京都江東区の公園で遊んでいた野本綾子ちゃん(5歳)を誘拐して悪戯し殺害した。このときは遺体を自宅に持ち帰ってビデオ撮影した。2日目になると悪臭がひどくなってきたので、遺体の頭部、両手足を切断、髪の毛や歯を抜いたりしたあと、飯能市の宮沢湖霊園などに棄てた。宮﨑が一連の事件の被疑者として正式に逮捕されたのは、1989年(平成元年)8月11日。1992年(平成4年)、6人の慶応大学グループによる鑑定で、「人格障害」、1994年(平成6年)、3人の東大グループによる鑑定で、「多重人格」と「精神分裂病(統合失調症に名称変更)」という3つの結論が出た。同年11月21日、宮﨑の父親が東京都青梅市の多摩川に架かる橋から投身自殺した。1997年(平成9年)4月14日、東京地裁で死刑判決。2001年(平成13年)6月28日、東京高裁で控訴棄却。2006年(平成18年)1月17日、最高裁で上告棄却で死刑確定。/『宮﨑勤裁判 上』(朝日文庫/佐木隆三/1995) / 『宮﨑勤裁判 中』(朝日文庫/佐木隆三/1995) / 『宮﨑勤裁判 下』(朝日文庫/佐木隆三/2000) / 『宮﨑勤事件 塗り潰されたシナリオ』(新潮社/一橋文哉/2001) / 『M/世界の、憂鬱な先端』(文春文庫/吉岡忍/2003)/ 『ドキュメント 消えた殺人者たち』(ワニマガジン社/1999) / 『<物語>日本近代殺人史』(春秋社/山崎哲/2000) / 『明治・大正・昭和・平成 事件・犯罪大事典』(東京法経学院出版/事件・犯罪研究会編/2002)

1987/12 コインロッカーバラバラ事件

  • (広域重要「準指定3号」)
  • 1987年(昭和62年)12月18日、東京駅八重洲口のコインロッカーから、6個の袋に詰められた手首のない両腕など、男性のバラバラ死体の一部が、翌年1月17日には胴体部が埼玉県大宮市(現・さいたま市)のコインロッカーで発見された。1989年(平成元年)10月13日、広島県呉市の詐欺の容疑者(当時49歳)の自宅から、コンクリート詰めの頭部が見つかった。病死した京都の詐欺仲間を解体したと自供した。

1987/02 藤沢悪魔祓いバラバラ殺人事件

  • 1987年(昭和62年)2月22日、神奈川県藤沢市で、ロックミュージシャンの茂木政弘(32歳)が従兄弟の不動産業者のS(当時39歳)と茂木の妻のM子(当時27歳)の2人に殺害された。「政弘に憑いた悪魔を祓うため」に犯行に及んだとし、Sが「首を絞めて殺さなければ悪魔は出ていかない」と首を絞めて殺したもの。通報を受けた警察が現場に駆けつけたところ、2人はかつて同じ新興宗教の信者で、犯行当時はSを「教祖」とする3人だけの宗教集団を結成していた。加害者2人は「体内に住む悪魔を追い祓えば、そのうち政弘が復活する」と信じていた。1992年(平成4年)5月13日、横浜地裁はSに懲役14年、M子に懲役13年を言い渡した。/『バラバラ殺人の系譜』(青弓社/龍田恵子/1995) / 『極悪人』(ワニマガジン社/1996) / 『実録 戦後殺人事件帳』(アスペクト/1998)/ 『明治・大正・昭和・平成 事件・犯罪大事典』(東京法経学院出版/事件・犯罪研究会編/2002)

1986/10/31デンマーク・ピル治験邦人女性バラバラ殺人事件

  • 1986(昭和61)年10月31日、デンマーク・コペンハーゲンの運河で、女性のバラバラ死体が発見された。コペンハーゲン港で昼食を取っていたタクシー運転手が、東洋人女性の上半身とみられる遺体の一部を発見したのだった。通報を受けたコペンハーゲン警察が捜査に乗り出したところ、11月7日までに最初の発見現場から1.5kmほど離れた海底3カ所から、頭や足などの遺体を見つけだした.被害者を東京・葛飾区東新小岩に住む豊永和子さん(22)と確認.
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  • 1986/05/20 豊永さんは西独の臨床薬理試験会社で新型のピル(経口避妊薬)の 臨床試験治験者となるアルバイトをするため、成田空港を出発
  • 1986/09中旬 現地で一緒に治験を受ける他の日本人女性4人とともに、フライブルグ市のホテルにまで滞在.1日約1万円になる報酬.
  • 1986/09/17 イタリア、オランダ、スウェーデン方面へ旅行する為に出国.
  • 1986/10/04 日本の家族宛てに、「コペンハーゲンから南ヨーロッパを回る」 と手紙を出した後、消息を絶った.
  • 1986/10/31 デンマーク・コペンハーゲンの運河で、女性のバラバラ死体が発見.

1986/05 新潟ラブホテル肉片バラバラ殺人事件

  • 1986年(昭和61年)5月15日、香川県高松市の元工員(当時37歳)が、年上の妻(49歳)に乱れた女性関係を非難されて、カッとなって妻を殺害し、バラバラにして車に積み、各地の山や海に遺棄した。最後は新潟市内のラブホテル「パパイヤ」のトイレから流したところ、浄化槽にスライスした肉片40個以上が浮かんだ。後日、別のホテルの浄化槽からも肉片が発見された。
  • 昭和61年5月15日午後1時35分、新潟市寺山1084のホテルパパイヤ駐車場奥の浄化槽(1m四方)を定期点検に来ていた浄化槽管理サービス会社の職員が中から指2本と肉片40個以上を発見。この死体は5月24日に香川県高松市東浜町の食堂の女性店員、青木(49)と指紋が一致して判明、4月下旬にはこの駐車場に香川ナンバーの青木の車が停まっていた事もわかった。青木は2月、元クレーン運転手(37)と結婚、前夫との間の娘と3人で暮らしていたが4月17日、青木の勤務先の食堂に夫から電話が入り、休んで病院に行くとされてから行方不明になっていた。さらに4月19日からは夫と娘も行方不明になっていた。またホテルパパイヤから6km離れた新潟市松潟1428-2のホテルパリの浄化槽からも皮膚片2つが見つかり、ここにも青木の車が4月下旬に停まっていた事もわかった。さらには青木の銀行口座から200万円が引き出されており、青木の夫は4月20日に別件のレイプで指名手配されていた事もわかった。5月26日、青木の夫は殺人で指名手配され、5月30日、滋賀で逮捕。

1983/06 練馬一家5人殺し事件

  • 1983年(昭和58年)6月27日、東京都杉並区の不動産鑑定士の朝倉幸治郎(当時48歳)は、東京都練馬区大泉学園在住の洋書販売会社課長の白井明(45歳)が貸借して住んでいた家と土地が東京地裁の競売にかけられているのを知り、同年2月、約1億円を支払って所有権を得るとともに、別の会社と転売契約を結び、6月末までに、引き渡す約束をしたが、明渡し交渉がうまくいかず、このままだと、転売先に3000万円の違約金を支払わなければならなかった。この日の午後2時45分ごろ、白井宅を訪ね、顔を見せた妻の幸子(41歳)をいきなり金づちで殴り殺し、続いて次男(1歳)、三女(6歳)を殴殺、絞殺し、間もなく帰宅した次女(9歳)も絞殺した。長男は次男と双子として生まれ、翌年の誕生日を過ぎてまもなく死亡している。午後9時半過ぎ、主人の明が帰って来た。朝倉は明の腹を拳で殴り、持ってきたマサカリで切りつけ、失血死させた。翌日、明の死体をバラバラにし、肉挽機を使ってミンチ状にした。長女(当時11歳)だけは林間学校に出かけて命拾いをしている。「骨まで粉々にしてやりたかった」などと自供。1985年(昭和60年)12月20日、東京地裁で死刑判決。1990年(平成2年)1月23日、東京高裁で控訴棄却。1996年(平成8年)11月14日、最高裁で上告棄却で、死刑が確定した。2001年(平成13年)12月27日、死刑執行/関連書籍・・・『バラバラ殺人の系譜』(青弓社/龍田恵子/1995)

1981/06 パリ人肉嗜食事件

  • 1981年(昭和56年)6月11日、パリ第3大学で学ぶ留学生の佐川一政(いっせい/当時32歳)は、自分のアパートに、同じ大学で学ぶオランダ人留学生のルネ・ハルテヴェルト(25歳)を呼び出し、関係を迫ったところ、彼女から強く拒否されたので、カービン銃で背後から射殺。尻、太ももなどをナマで食べたあと、死姦。死体を運搬するために解体。その間にも人肉をビフテキのように焼いて食べ、冷蔵庫に死体の一部を保存していた。13日、スーツケース2個買い、ひとつには頭部と手足、もう一方には、胴体を詰めて、タクシーでパリの西方にあるブローニュの森の湖畔に棄てた。同日夕方、スーツケースが発見される。15日、パリ警視庁により逮捕され、アッサリと犯行を自供。1983年(昭和58年)4月、フランスの予審裁判所は、医師の鑑定の結果、事件当時、佐川は心神喪失状態であったとして不起訴を決定した。ルネの遺族は控訴したが、12月、不起訴が確定した。佐川は4月から、パリ郊外のアンリ・コラン精神病院に入院していたが、1984年(昭和59年)5月、帰国すると同時に、東京都世田谷区の精神病院である都立松沢病院に入院した。1985年(昭和60年)8月、松沢病院から退院。/『狂気にあらず!?-「パリ人肉事件」佐川一政の精神鑑定』(第三書館/コリン・ウィルソン&佐川一政&天野哲夫/1995) /佐川一政の著書・・・『霧の中』(話の特集/1983) / 『生きていてすみません 僕が本を書く理由』(北栄社/1990) / 『サンテ』(角川書店/1990) / 『蜃気楼』(河出書房新社/1991)/ 『カニバリズム幻想』(北栄社/1991)/ 『喰べられたい 確信犯の肖像』(ミリオン出版/1993)/ 『華のパリ 愛のパリ 佐川君のパリ・ガイド』(アイビーシー/1994) / 『饗(カニバル)』(竹書房/コリン・ウィルソン共著/1996) / 『少年A』(ポケットブックス社/1997)/ 『殺したい奴ら』(データハウス/1997)/ 『パリ人肉事件 無法松の一政』(河出書房新社/根本敬共著/1998)/ 『まんが サガワさん』(オークラ出版/2000 / 『霧の中の真実』(鹿砦社/2002)

1980/08 千葉ホステスバラバラ事件

  • 1980年(昭和55年)8月1日、千葉県船橋市の初対面のホステス(38歳)に金を要求されて困った会社員(当時26歳)が、口論の末、絞殺。バラバラにしてビニール袋に入れ、千葉県幕張の埋立地に遺棄した。

1980/01 新潟・三条ホステス遺体同居事件

  • 1980(S55)/01/55 新潟県三条市、元衆院議員私設秘書(32)の部屋、押入天袋、衣装箱から同棲ホステス(30)の白骨バラバラ遺体.「臭いに慣れっこになっていて何ともなかった」と供述.殺してから2年間、放置.異臭がすると通報.

1979/11 福岡病院長殺人事件

  • 1979年(昭和54年)11月4日、釣具店店主の杉本嘉昭(当時33歳)とスナック経営者の横山一美(当時27歳)が共謀して、北九州市小倉北区の津田薫病院長(61歳)を、女性歌手とのデートをエサに誘い出し、横山の経営するスナック「ピラニア」で監禁、翌日殺害した。モーテルでバラバラにして、フェリーから遺棄した。149日目に解決。1982年(昭和57年)3月16日、福岡地裁小倉支部で死刑判決。1984年(昭和59年)3月14日、福岡高裁で控訴棄却。1988年(昭和63年)4月15日、最高裁で上告棄却で死刑確定。1996年(平成8年)7月11日、2人の死刑が執行された。2人で1人を殺して2人ともに死刑判決が下るという珍しいケースとなった。

1978/07 手首ラーメン事件

  • 1978年(昭和53年)7月5日、東京都中野区の暴力団員が、同じ組の兄貴分(29歳)を殺害し、バラバラにして兵庫県赤穂郡と岡山県和気郡の山中に埋めた。そのとき切断した手首は「屋台のラーメンのスープのダシに使った」と自供したためパニックになった。関連書籍・・・『倉田辯護士事件簿』(コスモヒルズ/倉田哲治/1997)

1978/03 大阪ノミ屋バラバラ事件

  • 1978年(昭和53年)3月1日、ノミ行為の胴元(当時33歳)が、大阪市都島区の胴元(46歳)に無断欠勤したことで叱られたため殺害し、バラバラにして押入れに隠していた。

1977/03 陰部切り取りバラバラ殺人事件

  • 1977年(昭和52年)3月5日、千葉県木更津市で元板前(当時32歳)が工員(39歳)に出会って意気投合し、同性愛関係を迫ったが、断られたため包丁で殺害した。死体を7つに切断した上、陰部を切り取り、山林に遺棄した。

1977/01 神戸親子3人で女性をバラバラ事件

  • 1977年(昭和52年)1月17日、神戸市葺合区の外人バー経営者(当時54歳)が、別れ話がこじれて愛人と同じバーの事務員(29歳)を殺害し、長男(当時29歳)に手伝わせて、死体をバラバラにして、次男(当時27歳)も手伝って六甲山中に遺棄した。

1976/03 夫の愛人バラバラ事件

  • 1976年(昭和51年)3月3日、岡山市の美容院経営者(当時42歳)が、夫の愛人OL(35歳)を自宅に呼んで、別れるよう頼んだが断られたため殺害し、死体をバラバラにして近くの池に遺棄した。

1976/01 主婦の手首切り落とし事件

  • 1976年(昭和51年)1月28日、東京都練馬区の都営住宅で主婦(当時47歳)が日頃より家の増築などでもめていた隣家の主婦A(40歳)を文化包丁でメッタ切り、両手首を切り落として殺害。手首を切り落としたことに関して「頼みもしないのにAさんが自分の家の前のドブを掃除したり、自分が自転車に乗れないことを知って、Aさんが自転車のベルを家の前で2回ならしたりする。手がなくなればドブ掃除もできない、自転車にも乗れないと思ったため」と供述。

1975 横浜妊婦バラバラ殺人事件

  • 1975年(昭和50年)3月20日、横浜市中区に住むレストラン従業員(当時28歳)が、妊娠したことでホステスをやめた妻(19歳)を、生活が苦しくなったため、3月11日にステレオのコードで絞殺。死体をバラバラにして、ゴミ集積所に遺棄した。

1972/09 愛知バラバラ殺人事件

  • 1972年(昭和47年)9月10日、愛知県東郷町で、女性の左足が発見された。企業人事調査士だった男(当時50歳)が妻(42歳)に失業したことをなじられて殺害し、バラバラにして愛知県や静岡県などに遺棄した。

1972/06 岐阜夫バラバラ殺人事件

  • 1972年(昭和47年)6月23日、岐阜市錦町で、とび職である夫(32歳)の酒乱に悩んだ妻(当時36歳)が、同僚のホステス(当時28歳)と共謀して夫を殺害し、死体をバラバラにして新幹線で運び、兵庫県西宮市の市道わきに遺棄した。7月28日、死体が発見され、7月30日、逮捕された。

1970/09 文具店店主バラバラ殺人事件

  • 1970年(昭和45年)9月24日、東京都世田谷で、文具店の乗っ取りを企てたマッサージ師(当時27歳)と内縁の妻(当時29歳)が、愛人の文具店店主(30歳)の妻(当時29歳)と共謀して、店主を殺害し、バラバラにして死体を浴槽につけておき、翌日、植木畑に埋めた。28日に死体が発見され逮捕された。

1969/04 高校生首切り落とし事件

  • 1969年(昭和44年)4月25日、川崎市向ヶ丘で高校1年生(当時15歳)が同級生の悪ふざけに腹をたて登山ナイフでメッタ突きにしたあと、首を切り落とした。首を切断した理由について「生き返ったら自分の犯行だと分かってしまう」と供述/『心にナイフをしのばせて』(文藝春秋奥野健司/2006) 加害少年はその後、弁護士.
  • 2007年(平成19年)6月2日午後7時から約1時間に渡って、『心にナイフをしのばせて』を原作としたドラマがテレビ朝日系列の『特捜!』の番組枠で「もう一つの酒鬼薔薇事件」と題して放送された。

1967/11 銀座バーマダムバラバラ事件

  • 1967年(昭和42年)11月6日、金融業兼芸能ブローカーの伊藤和義(当時23歳)が、金銭上のトラブルから“銀座の女王” と呼ばれたナイトクラブのマダムの山崎美智子(28歳)を東京都港区赤坂のマンションの一室で絞殺して、風呂場でバラバラにし、千葉県銚子海岸と隅田川に遺棄した。/山口洋子の小説 『夜の底に生きる』のモデル.

1963/11 名古屋 - 大阪バラバラ殺人事件

  • 1963年(昭和38年)11月18日、東大阪市の工員(当時30歳)が、兄の井上与太郎(32歳)を殺害し、死体をバラバラにして名古屋市の東海道線下や大阪市生野区、堺市などにばらまいた。発作的に暴れ出した与太郎を布団で押さえつけたら、翌朝、死んでいたと自供した。

1960/03 床屋店主バラバラ殺人事

  • 1960年(昭和35年)3月3日、前年4月19日に、石井アイ(当時27歳)が雇い人の職人(当時21歳)と共謀して、夫の理髪店主の石井金蔵(34歳)を腰ひもで絞殺した。約10ヶ月間、居間の床下に埋めていたが、悪臭がするので、2月8日に掘り起こして死体をバラバラにし、荒川河川敷などに埋めた。同日、雇い人が血の付いた寝巻きなどを包んだ異臭のする風呂敷を持ってうろついていたところ、不審に思った警察官に職務質問され事件が発覚した。

1959/09 愛知バラバラ殺人事件

  • 1959(S34)/09/25 愛知県西尾市の矢作川で、バラバラにされた上、乳房や陰部をえぐり取られた若い女性の死体が発見された。犯人は軽飲食店主(当時42歳)で、被害者の少女(17歳)に、「就職を世話する」と言って近づき、肉体関係を迫ったが、拒否されたので殺害した。その後、5日間、死体をドライアイス詰めにして姦淫して遺棄した。これまでにも、犯人と過去に関係のあった女性3人の行方が分からなくなっていた。

1957/04 人肉ホルマリン漬け事件

  • 1957(S32)/04/02 東京都中野区の林邦太郎(26歳)がプロレスラーである清美川の中学1年生になる息子を殺し、死体をコマ切れにして、熱帯魚の水槽ふたつにギッシリ詰め込んでホルマリン漬けにし、フタはパテで完全に密閉していた。さらに、少年の衣類や肉片を風呂敷で包み裏庭に埋めた。邦太郎は以前に、2度ほど精神病院に入院歴があり、風呂屋やそろばん塾で男の子を誘ってはイタズラや乱暴をしていた。また、この犯行の過程を詳細に日記に付けていた。

1955/06 大西克己事件

  • (特別手配1号)
  • 1955(S30)/06/01 山口県下関市で、大西克己(当時27歳)が養父母の福松(66歳)夫婦を青酸入りジュースで毒殺して九州に逃亡。別府に住み、偽名で食料品の販売などをしていたが、ケンカをして警察の取調べを受け、別府地区検察に送検された。大西はこのままでは養父母殺しがバレると東京へ高飛びし、追われる身から逃れるため、他人になりすます計画を立てる。カモを探し、知り合った函館生まれの三浦和夫(26歳)を騙して戸籍妙本、転出証明書を取り寄せさせ、1956年(昭和31年)2月、岡山県倉敷市まで連れ出して、青酸カリを飲ませて殺害し、死体はガソリンをかけて焼き、身元の確認もできないように偽装した。こうして、他人になりすまして結婚し真面目に運転手として働いていた。1957年(昭和32年)12月、大西は酒に酔って住居侵入で現行犯逮捕された。警察で写真、指紋を取られ即日釈放された。バレるのをおそれた大西は第3の殺人を計画する。ひとまず北海道に行くと言って妻をあざむき蒸発、その足で山谷へ行き、なりすます相手を物色、佐藤忠(30歳)に目をつけ、再び同じ手口で戸籍謄本、転出証明書を取り寄せさせ、1958年(昭和33年)1月、水戸市の千波(せんば)湖畔に誘い出して手ぬぐいで絞殺した。身元の分かりそうな手がかりを一切消すため、全裸にしてナイフで鼻頭、左指、ペニスを切断、顔面、両手指に線状のキズを多数つけ、死体をバラバラにした。さらに、念を入れて、翌日、濃硫酸(500グラム)を持って現れ、死体の頭部、顔面にふりかけて判別を不能にした。警察庁は千波湖畔事件を凶悪犯全国公開捜査第1号に指定。同年7月15日、大西が逮捕される。1959年(昭和34年)12月、水戸地裁で死刑判決。その後、控訴審、上告ともに棄却され、1961年(36年)3月、死刑が確定した。2審担当の国選弁護人は「あまりに残酷な犯行なので死刑になるのは当然」として弁護を拒否したが、これについては1963年(昭和38年)11月、東京地裁民事部は弁護を拒否した弁護士に対し、「弁護放棄は義務を怠った不法行為として、3万円の賠償を命じる判決を下した。1965(S40)死刑執行.

1954/09 人違いバラバラ殺人事件

  • 1954(S29)/09/05 埼玉県入間郡高階村(現・川越市)で、古屋栄雄(当時29歳)は、4年前から親しくしていた7歳年下の女性を、フラれたあともストーカーまがいに追いかけ回した挙句、殺害し、ジャックナイフとボンナイフ(軽便カミソリ)で死体をバラバラにして肥溜めに遺棄した。だが、被害者は古屋の勘違いで一面識もない別人の女性(19歳)だった。逮捕後、古屋は、かつての彼女との関係を明け透けに話したり、1955年(昭和30年)8月20日の控訴審で法廷の証言台に立った彼女を隠し持っていた竹べらで刺すなど、狂気じみた行動をしたため、裁判官の心証を悪くし、1審では無期懲役だったが、8月30日の2審での判決公判では死刑判決が下された。1956年(昭和31年)7月の最高裁でも上告が棄却されて死刑が確定した。1959年(昭和34年)5月、死刑が執行された。

1953/03 SM妻バラバラ事件

  • 1953(S28)/03/13 神戸市灘区で、SM愛好夫婦の愛欲が昂じて、麻薬常用者の内縁の夫(当時35歳)が妻(32歳)をセックスの最中に殺害した。死体を出刃包丁でコマ切れに切断し六甲山山中に遺棄した。夫は「いつもは首を絞めても元気なのに、あのときはちょっと絞めただけなのに静かになった」と供述した。過失致死で、懲役1年6ヶ月。

1952/05 荒川放水路バラバラ死体事件

  • 1952(S27)/05/10 東京都足立区の荒川放水路で、若い男の胴体だけの死体が発見.15日には対岸で首、16日には両腕.被害者は志村署の伊藤忠夫巡査(28歳).犯人は内妻で小学校教諭の宇野富美子(26)で、夫を絞め殺したあと、母親のしづ(51)と共謀して死体をバラバラ切断.5月7日、宇野は夫の酒癖の悪さと暴力に耐えかねて夫を殺害したと供述.死体の始末に困り、バラバラに切断して棄てることになり、母親と2人で関節ごとにひとつ切っては新聞紙に包むというやり方で2時間で終え、「案外簡単でしたよ」と冷ややかに述べた。10月[東京地裁]富美子に懲役12年、しづに懲役1年半の判決.しづは翌1953年(昭和28年)、獄中病死.
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1949 福岡バラバラ殺人事件

  • 1949(S24)/03/26 福岡県八幡市で、無職の男(59)が太子堂の堂守(58歳)と内妻(62歳)を殺害、バラバラにして近くの川に遺棄.

1949/04 名古屋バラバラ殺人事件

  • 1949(S24)/04/21 名古屋市金川町で、精肉業の男が妻(36歳)が浮気していると殺害、肉切り包丁で死体を9つに切断、南京袋に詰め、運河に遺棄.

1946/02 横浜女性バラバラ事件

  • 1946(S21)/02/15 横浜市神奈川区の製缶工(33)が、通りがかりの22、3の女性を空家に連れ込み、暴行、絞殺、バラバラにして遺棄、この日に発見.

1932/03 玉の井バラバラ殺人事件

  • 1932年(昭和7年)3月7日に東京府南葛飾郡寺島町(現:東京都墨田区)=玉の井とは1923年の関東大震災以降に発展した私娼街=で発覚した殺人事件
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